秀808の平凡日誌

第1話 出会い

第1話  出会い

「何考えてんだよ!クソ親父!!」 

 8人部屋の病室に大きな声が響く。周りで寝ていた他の入院患者達もその声に驚いて 
 顔を声の方に向ける。声の主の名はクロウ、まだ19歳と若いが名うての戦士だ。

「がははははっ。そんなに大声出すんじゃねぇよ!」 

クロウの前にいる中年の男は顔をきょろきょろと動かし、周りにいる人達に「すいませんね」と 

 笑顔を向けながら軽く頭を下げた。この男がクロウの父親であり、また狩りの師でもある。

「けどさぁ…俺、親父が大怪我して、もうダメかも知れないって言うから、マジで心配して来たんだぞ?  それなのになんだよ…左手が折れただけってさぁ…」 

 クロウは自分の顔を下に落としながらも、わずかに安堵の表情を見せている。

「骨折だけとは酷い言い方だな。骨折も十分な大怪我だぜ?」 

 父親はあご髭をいじりながら、笑いながら返事をする。

「まったくもって笑えねーよ…」 

 その父親の笑い声に、クロウは少しだけ怒るような口調になる。 

 クロウには父親しかおらず、母親は自分の物心がつく前にはもういなかった。 

 自分をここまで育ててくれたのは父親であり、唯一の肉親… 

 だからこそ怪我の話を聞いた時は本気で父親を心配したし、

 この場所に来るまで全身の震えも止まることはなかった。

『…いなくなって欲しくない…』

 これまでに何度もそう感じたことはあったが、今日ほどに思ったことはなかった。

「けどさ…マジで心配したんだぞ…俺」

 これまでの怒鳴るような声とは変わり、低い声で真面目な表情をしながらクロウは言う。

「悪かったな…」

 その表情と言葉に込める想いを感じてか、父親も少し申し訳なさそうな表情をしながら返事をし、クロウの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「でさ、これからどうするのさ? やっぱ、何日か入院しないといけないのか?」

「そうらしいな。先生が言うには、二週間くらい入院してもらって、それから経過を見ようって事らしい。 ちょうどいいから骨折以外にも色々検査してもらおうと思ってよ。骨折のことは心配すんな、直れば戦士は続けられるさ」

 返事を聞くと、クロウはその場を立ち上がり病室を後にしようとする。

「よしっ…俺ちょっと先生のとこ行って来るよ。これからどうなるかとか、詳しく聞いてくるからさ」


「…と、言う感じですね」

「は…はぁ…」

 担当の先生の長い話が終わり、必死に頭の中をまとめながら、必要なことを思い出していく。

「え~と、取り敢えずはお金と着替えがあれば良いんですよね?」

「まぁ突き詰めればそう言うことになりますかな。」

 自分の言ったことが間違いでなかったことに安心しながら、クロウはゆっくりとその場から立ち上がる。

「分かりました。ありがとうございました。」

 先生に礼を言い、クロウは部屋を後にした。

「ったく…必要なことだけ言ってくれれば良いのに…」

 愚痴りながら父の病室に向かう途中、廊下の角からちょうど出てきた人とぶつかってしまった。

「おわっぁ!」

「うっ、わぁ…」

 クロウはなんとか体勢を立て直すことが出来たが、ぶつかってきた相手はそのままその場に倒れてしまう。

「あ…すっ、すいません」

 ぶつかった相手に目を向けると、一人の少女が倒れ込んでいた。病院内なので、武器こそ持っていないが身につけている物は

 ランサーのそれだった。180cm近いクロウに比べればずっと小さいが年齢的には近いように感じた。

「ぁぅ…いた…」

 少女は自分の頭の後ろをさすりながら、小さく口を開く。

「大丈夫か? 起きられるか?」

 クロウはそっと右手を差し出して、少女の腕をつかみながらゆっくりと起こしてやる。

「あ…すみません…」

 少女はそう返事をすると、体に付いた埃を両手でパタパタはたいた。

「あー、いや、ぶつかったの俺の方だしさ。悪かったな」

 クロウは右手で頭をかき、苦笑いを浮かべながら言う。

「いえ…大丈夫です…それじゃ私、行くとこがありますから…」

 すると少女はクロウの横を通って、ゆっくりと廊下の先を歩いていく。

 クロウはその後姿を見ながら、床に落ちている一枚の紙切れに気が付いた。

「これって処方箋ってやつだよな…今の女の子が落としたのか?」

【ルーナ・クレセント】

 名前欄にはそう書いてあった。

「ルーナか…珍しい名前だな。っとこんなことしてないで追いかけないと」

 そして長い廊下と階段を使い、迷った挙げ句ようやく処方箋受付の窓口に辿り着いた。

 そこには案の定、あたふたとバックやポケットを探っている彼女がいた。

「おーい、これ君のだろー!」

 走りながら声を掛けると、こちらに気が付きパタパタと走り寄ってきた。

「ふぁ…よかった無くしたかと思った…あの、ありがとうございました」

 そう言ってクロウにペコリと頭を下げて、受付にその紙を提出し、待合い席に座った。

「えっと…横、座って良いか?」

「あ、はい。どうぞ…」

 そういうと少女は自分の身体を少しだけずらし、クロウの座るスペースを作る。

「わりーな。…よっと」

「……」

「ぇ…えと…なっ、なぁ、お前名前はなんていうんだ?」

 何を話して良いのか解らず、クロウはとっさに思った言葉を口にした。

「えっ…私?」

「お前意外に誰がいるんだよ」

 厳しいような口調のクロウに、少女は少しだけ怯えながら返事をする。

 クロウは口調を厳しくしたつもりはないのだが、どうして良いのか解らない焦りがそうした口調として出てしまっていた。

「えと…ルーナです…」

 クロウは既にさっきの処方箋を見て知っていたのだが、話のきっかけを作るには名前を聞くのが簡単だった。

「ルーナか…んじゃ年は?」

「18です…」

 そう答えるルーナに、クロウは少しだけ驚く。

 確かに自分よりも年下だろうとは思っていて実際そうだったわけだが、はっきりいって18歳には見えない。

 そして何よりも印象に残るのは、その肌の白さだった。

 先程ぶつかった時にも生きているような感じがしなかったが、

 近くで見ると本当に生きているのかと怪しんでしまいそうな肌の色をしていた。

 その白い肌や不思議な雰囲気に興味を持って今ここで話しかけている訳だが。

「ふーん…そっか。あ、俺の自己紹介もしないとな。俺、クロウってんだ。宜しくな」

「あ、はい…宜しくお願いします」

 クロウが自分の自己紹介をするが、ルーナはこれといって反応を返してはくれなかった。

「あの…それで…クロウさん。私に何か用ですか?」

「えぁ…別に用があるって訳じゃないんだけど…」

 特に話しかけた理由があるわけではない。 ただルーナに興味があったから話しかけたとは、口に出して言えなかった。

「あーっと…ほら、さっきぶつかっただろ? やっぱちゃんと謝っといた方が良いかなー…って…」

 苦し紛れに思いつくことを口に出すが、クロウの口調はどことなくぎこちない。

「そうなんですか…別に気にしなくて良いですよ…よそ見してた私が悪いんですから…」

 話ながらルーナの顔つきはどことなく沈んだような表情へと変わっていた。

 その後は2人とも口を開くことはなかったが、クロウは再びルーナに向かって話しかける。

「なぁ、ルーナはランサーなんだろ?どっか怪我でもしたのか?」

 そう質問しても、返事はすぐに返ってこない。しかし少しすると、ルーナはゆっくりと口を開いていく。

「確かにランサーですけど別に怪我した訳じゃないです…私、生まれたときから胸が悪くて、薬が必要なんです…」

「ぁぅ…そっか…なんか、悪いこと聞いちまったかな…」

「そんなことないですよ。本当のことですから…」

 しかしルーナの表情には、何の変化も見られない。

「でも…いや、なんでもない」

 変化のないルーナの表情に、クロウはもっと詮索してみたいと思った。

 しかしそれ以上聞くことは、本当に悪いような気がして聞くことを止める。

「ねぇ、クロウさんは、どうして病院に来てるんですか? さっき病棟の方にいたみたいですけど…」

 クロウが一人で顔を下に落としていると、今度はルーナの方が質問をしてくる。

「えぁ? 俺か? なんつーか…俺の親父が腕を骨折しちまってさ、その付き添いみたいなもんだな」

「そうなんですか…じゃあお母さんは来ないんですか?」

「お袋?お袋はいないんだ。俺が物心付く前に死んじまっててさ…」

 ルーナはその言葉を聞いた瞬間、表情を暗くしてしまう。

「あ…ご、ごめんなさい…私…」

 クロウが他人にこのことを話すと、今日のルーナのような反応を必ずと言って良いほどにする。

「あー、いや、気にすることねぇよ。本当のことだしさ…それに俺、お袋との記憶なんてなにもないからさ… 死んでるとか言われても、実感ねぇんだよな」

「そう…なんですか…」

 笑いながらクロウは話すが、ルーナの表情は沈んだままだった。

「なんつーかな…俺も親父にその話を聞いたんだけどさ、悲しいとかって…思わなかったんだよな…」

「……」

 ルーナは下を向いたままだが、しっかりとクロウの話に耳を傾けている。

「けど確かにお袋がいないって考えると、悲しいとは思う…けど俺には親父がいるしさ、 その…やっぱ今自分の前にあるものを、すっげー大切にしたいからさ…」

 なぜ今日知り合ったばかりの人物に、ここまで喋っているのか…クロウはそう思いながらも、口を開いていく。

「あぁっ! わりー…なんか俺の愚痴みたいなこと話しちまったみたいで…」

 慌てるクロウに対して、ルーナはゆっくりと顔を上げてクロウの方に向ける。

「…クロウさんって、優しいんですね。なんか私、クロウさんのお父さんが羨ましいな…」

「あん? なんだよ、それ…」

「私はずっと一人だったから…私がいなくなっても悲しんでくれる人なんていないから…」

「お前…何言って…」

 クロウが言葉の意味を聞こうとすると、ルーナはその場から急に立ち上がる。

「ごめんなさい…薬が出来たみたい…クロウさんも、お父さんの所に行かなくて大丈夫ですか?」

「えっ…あっ! もうこんな時間なのか!?」

 壁にかけられている時計に目を向けると、既に父の病室を出てからから2時間以上も経っているようだった。

「そうですよ。早く行かないと、お父さんが心配しますよ」

 ルーナは小さな笑みを浮かべながら、そう言う。

「そうだな…悪かったな、なんか愚痴みたいなのにつきあわせちまって…」

「そんなこと無いですよ。私も、久しぶりに楽しかったですから」

 そう言うルーナの顔は、初めて見るような笑顔で…とてもきれいだった。

 クロウはその初めて見る笑顔に、少し見とれてしまっていた。

「それじゃ…失礼しますね」

 そう言ってルーナは薬を受け取りにカウンターへと向かって歩いていった。

「あっ…ちょっと待った!」

 クロウはその場から勢い良く立ち上がると、今までにない大きな声でルーナのことを呼び止める。

 その声の大きさに驚いて、周りにいる人は勿論、ロビーで待っている人達もクロウの方に目を向ける。

「えっ…なんですか?」

「……なぁ、もしよかったら…また今度話をしないか?」

 クロウは何故そんなことを言ったのか、自分でも解らなかった。

 もう少し、目の前にいるルーナと話がしたい…ただそれだけだった。

「私と…ですか?」

 ルーナは少し戸惑ったような顔をした。クロウの問いに少しだけ考えてから返事をする。

「良いですよ。私はいつも大体今日と同じ時間に来ますから。」

「そかっ、んじゃー」

 クロウはルーナの返事に、嬉しそうな表情をしながら言葉を返す。

 しかしルーナは、どこか困惑したような表情を浮かべていた。

「どうしたんだ? その…やっぱ…嫌か?」

「あ…うぅん…そんなことないです。その…クロウさんのお父さんも、早く良くなるといいですね」

 ルーナの表情に少し不安になって聞くクロウに、ルーナは顔を上げ、先程と変わらぬ声で返事をする。

「あぁ、有難うな。 それじゃまたな」

 ルーナは薬を受け取り、出口へと歩いていく。クロウはは出口とは反対の病棟へと向かって走り出していた。
 
途中で看護婦に何度も注意されながらも、クロウの心はどこか踊っていた。

…俺はこの時、まだ何も知らなかった

…病気のこともルーナがこの先どうなるかも…

何も…知らなかったんだ…


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